翁は能面の中でも「小面」「般若」と並んで最も一般に知られた能面であると同時に,非常に特殊な面でもあります。
大和朝廷が国を統一しつつある頃,各地の長が従順の証として神楽舞を舞い寿詞(よごと)を述べた際に使用され,神聖視されていたのが翁の面であり,能の成立以前から存在していた「能面」の枠に収まらない別格の存在です。
綿を付けたようなぼうぼう眉,「へ」の字型の目をした福々しい笑顔,頬と紐で繋いだ「切り顎」など,造形上の観点からも他の能面には見られない特徴を備えています
この神聖なる老人の面は,天下泰平・五穀豊穣・家門や子孫の繁栄・長寿の祝福を祈り、もたらす神とされています。
能楽としての「翁」もまた然り,他の能楽が筋立てをもつ演劇なのに対して,祝言を述べる神聖な儀式という独自の位置を占めています。